部門紹介

沿革

1959年(昭和34年)
8月 中央検査室(昭和38年4月より中央検査部)病理検査室として発足。
1975年(昭和50年)
10月 病理検査室が中央検査部から独立し病理部となる。初代部長(併任)恩村雄太・北大医学部第二病理学教授(当時)。専任教官1名(井上和秋専任副部長),検査技師5名(兼任)。組織診 2,658件、細胞診 2,898件。剖検(140件)は従来どおり2つの医学部病理学教室で担当することとされた。
1976年(昭和51年)
臨床検査技師2名が病理部専任となる。
1978年(昭和53年)
昭和53年には臨床検査技師1名が主任検査技師となる。この年、日本病理学会が認定病理医制度を発足。
1980年(昭和55年)
医員が採用される(以後1~4名で変動、現在に至る)。
1981年(昭和56年)
助手1名が増員され、常勤専任医師2名体制となる。
1995年(平成 7年)
常勤専任技師3名となる。
1997年(平成 9年)
常勤専任技師4名となる。
2003年(平成15年)
北海道大学病院診療支援部発足に伴い、臨床検査技師は全員同部に所属することとなる。
2006年(平成18年)
感染防御対策型の術中迅速診断室を整備。
2007年(平成19年)
専任部長・教授として松野吉宏が着任。大学院医学研究科・分子診断病理学分野(協力分野)が設置された。常勤専任医師は3名となった。
2008年(平成20年)
2月 歯科病理診断部門を統合。病理組織診9,505件、細胞診11,088件、迅速診断519件。
2009年(平成21年)
電子顕微鏡検査を外注化。
2012年(平成24年)
1月 手術検体整理室 新設。ホルマリン対策型切り出し室を整備。
4月 コンパニオン診断学寄附研究部門(専任特任教員1名)設置。
主任臨床検査技師2名体制となる。
2013年(平成25年)
中央診療部門クラーク職員(病理部専属)1名配置。
2014年(平成26年)
8月 標榜診療科として「病理診断科」が新設された。外部医療機関との病院間連携によるコンパニオン診断支援事業を開始。
2018年(平成30年)
4月 日本専門医機構による北海道大学病理研修プログラム運用開始(専攻医1期生4名入局)。
2019年(平成31年)
1月 検査・輸血部とともにISO15189拡大認証取得。
4月 助教1名増員。常勤専任医師(教員)は4名となる。

歴代病理部長

1975年
恩村 雄太・医学部第二病理学教授(兼)
1985年
松野 誠夫・医学部整形外科学教授(兼)
1987年
相沢 幹・医学部第一病理学教授(兼)
1988年
松宮 英視・病院臨床検査部長(兼)
1989年~2004年
医学部第一病理学・吉木 敬教授、第二病理学・長嶋 和郎教授が2年交代で部長を兼務
2005年
笠原 正典・分子病理学分野(旧第一病理)教授(兼)
2007年~現在
松野 吉宏・病理部教授

歴代副部長

1975年~1996年
井上 和秋・助教授(定年退官)
1997年~1998年
藤岡 保範・助教授(杏林大学教授へ転出)
1998年~2001年
清水 道生・助教授(埼玉医科大学教授へ転出)
2001年~2008年
伊藤 智雄・助手(2002年より講師、2007年より准教授、2008年神戸大学附属病院病理部特任教授へ転出)
2008年~2010年
羽賀 博典・准教授(京都大学医学部附属病院病理診断部教授へ転出)
2011年~現在
三橋 智子・准教授

歴代助手・助教

1981年1月~4月
村岡 俊二(旭川医大助手へ転出)
1981年~1982年
野島 孝之(米国留学)
1982年~1983年
安住 典夫(米国ジョージタウン大学へ転出)
1984年~1990年
野島 孝之(兼任講師を経て金沢医科大学教授へ転出)
1991年~1998年
藤田 美悧(新日鉄室蘭病院(現・製鉄記念室蘭病院)へ転出)
1999年~2001年
伊藤 智雄(2001年より病理部副部長)
2002年~2004年
太田 聡(東京大学医学部助教へ転出)
2005年~2016年
畑中 佳奈子(コンパニオン診断寄付研究部門特任講師へ転出)
2017年~2018年
中 智昭(国立がんセンター中央病院へ出向)
2018年~現在
岡田 宏美
2019年~現在
清水 亜衣

歴代主任技師

1978年~2001年
荒川 三紀雄(定年退官)
2002年~2009年
清水 幹雄(定年退官)
2010年~2018年
丸川 活司(北海道医療大学へ転出)
2012年~2014年
森谷 純(医学部・腫瘍病理へ転出)
2014年~現在
安孫子 光春
2019年~現在
石田 裕子